2006年02月の記事一覧

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灰色の桜

カテゴリ:日記

02/16

なんか見るからに暗そうなタイトルで申し訳ない。
別に今ヘコんでるとかそういうのじゃないので。

いやぁもうすぐ桜の季節だなと思いまして。
オレ、桜並木はダイスキなんす。花見もダイスキ。
桜の咲くころにはカメラをもって旅行に行くことも多い。
去年は尾道、出雲大社、境港、最後に四国の金毘羅さんという
かなりいきあたりばったりの旅をしてきた。

でもここでオレには桜を見るにあたって大事なルールがある。
それは晴れていること。
もっとおおざっぱに言おう、
曇りや雨以外の青空や夕空であること。
そうでないとどうなるか。曇りの日に桜を見るとどうなるか。
答えは「空の灰色と桜の花の色の区別ができない」状態になる。

カンのいい人ならもうお気づきだろう、オレは色弱なのだ。
男性に多いらしく人口の数パーセントはいるという。
この数パーセントっていう数字、実は結構多いのよね。
学校の同じ学年にも何人かいることになる。
程度は人様々らしい。
オレの場合は日常生活で少し困ることがたまにある程度。
色って「明度」と「彩度」があるっしょ?
オレの場合その「明度」と「彩度」がかなり近い場合に限って
赤と緑と茶色、黄緑と黄土色、灰色と薄桃色の区別ができない。
それ以外の色が皆と同じ色に見えているかどうかはわからないが、
色の区別はちゃんとできている。
昔はかなり悩んだこともあるけど今はそれ含めて自分を認めている。
人と違うものの見方ができるってある意味おもしろいかなって。
写真だって趣味でやってるんだから俺がキレイに見えりゃそれでいい。

で、結局のところ桜も実は白なのか灰色なのか桃色なのかは
正直区別できていない。でもスキ。青空との対比がキレイだから。
あと桜ってなんか無性に心に訴えかけてくるものがある。
紅葉も全部が紅く染まっている状況なのか
それとも部分的に緑なのかはかなりわかりにくい。
それでもやっぱり青空との対比がキレイだからスキ。
色って単独で見るものではないらしい。
確か古典でも季節によって映える
色の組み合わせというのがあったはずだ。

今年はどこの桜の写真とりにいくか今からわくわくしている。
ただたのむからどうか
そのころ晴れている日が多いことを祈るばかりである。
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02/13

最近疲れているのだろうか、よく夢を見る。
夢の中ではそれは夢と認識できないことの方が多い。
で、よく夢を見るようになって思ったのだが
夢とはなんであろうか、と。

我々は常に極小的な「今」を生きている。
そして過去の記憶が残る。
未来とは極小的な「今」からつながる可能性であると思う。
「今」につながっている以上はその未来も
あまりとっぴなものは派生しないかもしれないであろうが
長期的にみればあらゆる可能性をはらんでいると思われる。
未来は枝分かれ上に発生する世界であり
それぞれがパラレルワールドになっている。
我々は様々な行動によってそのなかの一つの未来を
随所に選択して生きていっているように思う。

選択されなかった無数の未来はパラレルワールドとして
どこかに存在している。
現実の世界では見ることは無いだろうが
夢でそれをみているのではなかろうか。
つまりこうであったかもしれないという現実の可能性。
そう考えると夢もあながち馬鹿にはできないかもしれない。

前にバック・トゥ・ザ・フューチャーをみて思ったのだが
誰かによって歴史が変えられたとしても
その変えられた歴史を認識できるのは
主人公達だけなんである。
ほかのその他大勢の人にはそれが唯一の歴史であり現実になっている。
元の歴史と違うことを証明する術はない。
これと全く同じことが夢にも言えはしまいか。

今この世界が夢でないと証明しようとしたらどうしたらいいのだろうか?
古典的なのに自分のほっぺたをつねるというのがあるが
実は昔夢の中でそれをやったことがある。
なんとちゃんと痛かったのだ。
目が覚めて初めてそれまでの出来事が夢だということができた。
だとしたら現実の定義とはあまりにも弱くなってしまう。
現実とはずっと続いている長い夢と言うことができはしないだろうか?
だとしたら未来に不可能は無いと言えるかもしれない。


02/04

まずは報告といこう。センター試験で大敗を喫したので
オレの最後の受験は予定より早く終了した。
精一杯やったから悔いはない。
この春からは堂々と胸張って名古屋大学へ復学する。

今までよく「あのときこうしとけばよかった」とか思ってた。
でも気づいたんやけどその時にほかの決断ができなかったから
今の現実とつながっているのだ。
つまり今のこの状況は必然の連続でできているのではないか。
「全部運命できまっているから何をやっても無駄だ」
と、いっているわけではない。
そのそのなにかをやらないと運命すらない。
もし何もしなければあるのは無数に重ねた年月と
きわめて希薄な記憶、つまり充実感であろう。

とにかくこの数年来いろいろと足掻いてもがいて得た答え。
どんな状況でも目の前の事を全力でやるべし。
さすれば道は開かれん。
求めるだけではだめ、勝ち取りにいく努力をすべし。
さすれば与えられる可能性が出てくる。
といってもまぁそないにきばるとかえってバテる。
適当に息抜きしながら遊びながら
たまには本気でいこうと思っとります。

とりあえず今は仕事してお金ためて
春休みといわれる時期には旅を一度だけしておきたいなぁ。
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